偏差値38からTOEIC980点まで這い上がったロスジェネおやじの下克上人生物語

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地方高校からの大学受験事情【そうなの!?】

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地方高校からの大学受験事情【そうなの!?】

 man raising right hand on grass field

皆さん今日もお疲れ様です。


さて、今日は地方高校からの大学受験事情についてお送りします。
地方と言っても県庁所在地に100万人以上住まう大規模な都市のことではありません。それには遥かに満たない地方都市についてのお話です。特に僕が中学まで住んでいた高松での大学受験事情や大学カーストについてその驚きの実態について書き綴ります。

 


■もくじ

1.地方からのエリートコースとは(高松の例を中心に)
 1-1.地方における大学カーストの序列
 1-2.地方における受験各科目への意識
 1-3.私立大学への偏見

2.大学受験こそ広い視野を持って取り組むべき
 2-1.一点豪華主義それもまた良し
 2-2.私大の問題の特異性を無下に否定しない
 2-3.自分自身と向き合って本能から取り組むこと

■まとめ

 

ちなみに、この記事を書いた僕は、高校は首都圏の底辺校でしたが大学は下克上を遂げて誰でも知っている一流と呼ばれる大学に現役で合格したロスジェネおやじです。そんな僕は英語偏差値38からTOEIC980点・英検1級まで這い上がりました。

 

 

1.地方からのエリートコースとは(高松の例を中心に)

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地方における「エリートコース」とは一体どのようなものなのか。そのことを理解すれば地方における学歴や職業に対する価値観というものの根幹が理解できると思います。

ちなみにこれは僕が30年前に高松で身をもって体験したことと、その後大学、社会人になってからも全国から上京してきた地方出身者から聞いた生の声に基づいた情報です。

首都圏や大都市とはとても大きなギャップがあることがお解りいただけると思います。

 

 

1-1.地方高校からのエリートコースとは(高松の例を中心に)

 

まずは端的に、当時の高松で中学生だった僕が教師から直接聞いた大学ランキングについてお伝えしましょう。

 

・神の領域 ⇒ 東大・京大
・神の使いの領域 ⇒ 大阪大・九州大・名古屋大
・秀才 ⇒ 広島大・神戸大・香川医大・岡山大
・出来る子 ⇒ 香川大
・最低ライン ⇒ 愛媛大・高知大・徳島大・全国のその他国公立・私立の医大
・受験失敗 ⇒ 早稲田・慶応・同志社・立命館・関西学院・関西・青学・明治・立教・中央・法政・近畿・龍谷・京産・徳島文理大など私立大学は全てひとくくり

 

ちなみに、国立の一橋や東京外大、私立の上智やICUについてはその存在自体を知っている人が殆ど見当たりませんでした。まあ、当時はということですけど。

 

大都市圏のみなさん、これを見てどう思いますか?特に首都圏と大阪圏の皆さんは心中穏やかではないと思います。しかしこれが現実なんです。


これは高松に限らず地方都市の根強い昔からのエリートコースのデフォなのです。地元の公立高校のトップ進学校を出て、最上位は東大か京大、悪くても他県の国公立、そして大学受験を失敗した子は私立大学という学歴カーストになっているのです。

 

 

1-2.地方における受験各科目への意識

assorted books on wooden table

それではこの背景について考えてみましょう。一つは戦前からの帝大や医専や師範学校といった意識が未だに根強いということが言えるでしょう。私立大学とは一風変わった私人が興した私塾に過ぎない、という大昔の認識が未だに生きているのだと思われます。

 

そしてもう一つの背景ですが、それはこの大昔からの価値観がなぜ現代でも有効なのかという問いの答えにもなると思いますが、全教科をそつなくこなすという「平均点の美徳」であると言えます。平均点と言うともちろん語弊があることは承知しています。東大や京大にはとてもじゃないけど平均点レベルでは合格しません。そういう意味ではなく、全教科を忠実にやってのける能力という意味です。それを平均点人間とするならば、平均点人間の頂点が東大と京大、ということになります。

 

実際に、国公立大学の殆どが文系でも数学や理科が必須ですし、理系でも国語や社会が必須ですからね。ですので、その点私立大学は文系なら英・国・社、理系なら英・数・理科だけで受験できるところが殆どです。その科目数の少なさこそが地方では考えられないほど蔑視されているという事実があるのです。

 

 

1-3.私立大学への偏見

 

僕が未だに腑に落ちないのが、高松に居た中学時代のことですが、親友のお兄さんがめでたく早稲田大学の政経学部に合格したのです。当時の私立文系の最難関ですよね。

 

しかし、その親友をはじめ、お兄さんのことを知る中学校の教師たちまでもが残念がっていたんです。しかもその理由が、「東大が冒険やったら阪大か広大にしとけばよかんたんやけどのー・・」という話なんです。当時の僕は中学生だったので大学受験事情については詳しくありませんでした。しかし、早稲田の政経は知っていました。東大にうかっても早稲田の政経は落ちると、大阪にいた頃何度か耳にしたこともありました。それなのに、一体どういうことなんだと僕の頭の中は大混乱したことを覚えています。ちなみにそのことを横浜と東京出身の僕の両親に話したら、物凄く深いため息をついてその後は暗い顔をしてただただ沈黙していたことをよく覚えています。

 

別に早稲田の方が上と言っているのではなく、何ゆえ早稲田の政経に合格したのにそこまで残念がるのかということを僕は言いたいだけなんです。ただし例外として、当時そのことを残念がっていた人たちが全員慶応出身なら理解しますが・・・。(それは120%無かったと思います)

 

 

2.大学受験こそ広い視野を持って取り組むべき

 

このように、もっと広い視野で、全国区で、さらには世界レベルでどこの大学で学ぶのかとうことを考える必要があると思いませんか?

井の中の蛙という言葉で片づけるのは簡単ですが、それにしたってあまりにも近視眼的というか歪んだ価値観だと僕は思うのです。

 


2-1.一点豪華主義それもまた良し

 


私立大学をそこまで蔑視する理由が受験科目の少なさというのであれば、それは偏見であると僕は声を大にして言いたいと思います。

 

賛否両論が有ることはわかっていますが、例えば数学が人間離れした位に出来て他の科目は普通というのであれば、その子のずば抜けた数学の力を延ばしてあげるのが教育の本質だと思いませんか?それをあえて否定するなんて、大谷翔平が野球は超一流でも卓球は下手ということで蔑むのと同じくらいに愚かなことですよ。

 

一点豪華主義、それもまたその人のかけがえのない存在価値のひとつということなんです。それを無下に否定して、逆に「あいつは数学しか出来んけんのー」なんて言って小馬鹿にするのは愚の骨頂です。教育の本質に反します。これは僕が中学生だった30年前の話というだけではなく、地方から上京してきた色々な人に話を聞く限り今でも根強く地方都市に残っている価値観のようです。

 

どうか目を覚まして欲しいと思います。更なる日本衰退の一因です。

 


2-2.私大の問題の特異性を無下に否定しない

 

更に、科目数が少ないことに加えて、私立大学の入試問題の傾向もこのような人たちの批判の的となっているのです。

 

国公立大学の入試問題は、基本的には教科書に準拠して、その応用問題というコンセプトです。実際に、あの東大の入試問題も出題される問題はそこまで難解ではないと僕は思います。英語なんて極めて良質で、英語という言語の本質を問う良い問題ばかりですよ。他の科目にしても、その科目の学問の本質を問う極めて正統派の問題です。ただし、物凄く考えさせられる問題ばかりです。脳みそを極限まで絞り出すような問題です。

 

一方で、私立大学、特に難関私立大大学の問題は時には悪問と呼ばれるくらいの難解な問題が出題されます。「これを高校生に解かせるのか?」という位のレベルの問題が結構出題されるのです。とても教科書レベルの対策では太刀打ちできません。しかし、その意図は筋が通っており、受験生のずば抜けた問題解決能力の高さを問うているのです。このような問題でも事前の対策をしっかりと出来る極めて高い学習能力を持った学生が欲しいという意図があるのです。

 

よく考えてみれば、教科書レベルでは太刀打ちできないという点が、地方の高校の先生たちが私立大学に対して不快感を抱く一因なのかも知れませんね。

 


2-3.自分自身と向き合って本能から取り組むこと

 

国公立を目指すにしても私立大学を目指すにしても、周囲の価値づけに惑わされることなく、自分の正直な心を信じて受験勉強に取り組むことが必要です。

しかも、自分の本能から受験勉強が必要だと思えないと学習は一向にはかどりませんし効率が悪いものです。そのうえ、英語に関しては特に、教科書や参考書の字面を追っても効率よく身に付くことはありません。やはり中学一年生になったばかりの段階で、英語を学校で学ぶ価値と意味をしっかりと焼き付けないと僕みたいに大学受験で物凄く苦労します。

もちろん他の科目もそうです。それぞれの科目を学ぶ価値と意味を自分の本能から理解しないとなかなか結果にはつながりません。

逆に、自分の本能で国公立だろうが私立だろうが絶対に合格するんだと思えたなら、あとはその心を強く信じて前進あるのみです。そうすれば結果は自ずとついてきます。周囲の雑音なんて気にする必要はありません。

 

 

 

■まとめ

 

地方都市では未だに根強い国公立大学至上主義が根付いています。このことは大都市の人たちからすると非合理かつエキセントリックに感じられることです。

このような地方特有の大学カーストは、「究極の平均点人間こそ美徳である」という価値観が根底にあるように思われます。

しかし、そのような価値観を無下に否定するよりも、自分の信じた価値観を胸に、生きる本能としてあなたの目指す大学の合格を目指して学習することが何よりも大切です。たとえそれが一点豪華主義と言われるものだとしても、それはあなたにとってかけがえのない人生の財産なのですから、その長所を大切に育ることが大切です。

また、周囲の大人もそんな子供の長所を伸ばしてあげることを考えるべきです。偏狭な価値観からは脱却して受験というものを大局的にとらえることが必要です。

 

 

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