底辺高校からの大学受験事情【覚悟を決める!】
皆さんお疲れ様です。
さて、以前こちらで地方高校からの大学受験事情についてお送りしました。
そして今回は、僕の実体験に基づいて、底辺高校からの大学受験事情についてお送りしようと思います。一体何をもって底辺高校とするのか、どのレベルからが底辺なのか、その基準は人によって異なると思います。しかし、ここでの底辺高校とは大学受験や勉学への意識が低い高校全般であると理解していただければと思います。
簡単に言うと、勉強していると浮く、馬鹿にされる、そんな高校のことです。
高校に限らず、人が大勢集まる場所で自分だけ違うことをしていると、日本の場合は特に嫌がられます。そんな逆境の中で若干15~18歳の少年が挑んだ壮絶な体験、皆さんの参考になればと思います。
■もくじ
1.底辺高校のお決まりパターンとは
1-1.「今を生きる」という屁理屈に固執した雰囲気
1-2.勉強している姿は格好悪いという風潮
1-3.実は学歴コンプレックスをこじらせている
2.底辺高校で大学受験勉強に挑む方法
2-1.心を鬼にして人間関係を極端に制限すること
2-2.邪魔者を寄せ付けない武力と精神力を磨く
2-3.先生を味方にすること
■まとめ
ちなみに、この記事を書いた僕は、高校は首都圏の底辺校でしたが大学は下克上を遂げて誰でも知っている一流と呼ばれる大学に現役で合格したロスジェネおやじです。そんな僕は英語偏差値38からTOEIC980点・英検1級まで這い上がりました。
1.底辺高校のお決まりパターンとは
まずは底辺高校、つまり大学受験に対しての意識が低い高校とはどのような世界なのかについてご説明しましょう。
何となく想像は付くと思いますが、実際には世間のイメージ以上に荒廃した世界なのです。大学を目指すお子さんをお持ちの親御さん、ぜひともこのような思いだけはお子さんにさせないように十分気を付けてあげてください。そして今中学生のきみ、もしきみが大学を目指すのであれば、どうか僕みたいな思いをしないように周囲の大人たちの力を借りながら、なるべく意識の高い高校に入るようにしてください。
1-1.「今を生きる」という屁理屈に固執した雰囲気
まずは底辺高校の生徒たちの言い訳、免罪符となっている屁理屈について説明しましょう。それは「今を生きる」という言葉です。「人間いつ死ぬかわからないんだから今を楽しまなきゃ。」と、薄っぺらい屁理屈を金科玉条のごとく崇め奉っているのです。
まあ、スポーツや芸術などで全国大会を目指しているようなガチ勢は例外ですが、そんな高校生は全体の1%位でしょう。そのようなガチ勢が言うなら話はわかります。
しかし、大半の底辺高校の生徒が単に毎日ダラダラと遊びほうけているだけの自分を正当化させるためにこのような屁理屈にしがみついているだけに過ぎません。バンドマン気取りやモテ男やカリスマギャルを気取っていても、結局はそれらも中途半端、ただ単にギターを持っているだけだったり渋谷をふらついているだけといった半端者の巣窟です。
このような人種は、不毛な時間を無駄に過ごしているだけということに気づけないのです。
1-2.勉強している姿は格好悪いという風潮
そして半端者たちは自分たちの対極に居る人間のことを蔑みます。
自分たちを正当化させるために自分自身を磨こうとはせずに、他人を貶めることで自分を際立たせようとするのです。何と言う底辺的な思考だと思いませんか?
しかしこれが底辺高校、底辺人間の姿なのです。
「今を生きずに黙々と勉強に励むことはダサい!」「そんな奴は生きている価値が無い!」などと本気で思っているのがこいつらの考えです。「青春」という言葉をとらえ違えているとことも大いにあります。
まあ、人の価値観は多様ですから、別に奴らがそれが好きだと言うのなら勝手に楽しんでいれば良いとは思いますけど、かといって自分たちとは違う考えの他人にチョッカイを出すことは許されません。
ちなみに、こういう人種は社会に出てからも沢山いるということを覚えておいてくださいね。会社なんかでも、自分よりも優秀な部下や後輩に対して同じような方法で貶めようとする底辺人間が多く居ますよ。
こういう人種が何を考えているのか、裏を返せばそれだけ自分に自信が無いということなんですけどね。
1-3.実は学歴コンプレックスをこじらせている
さて、話を底辺高校生に戻すと、奴らは内心大きな学歴コンプレックスを抱えているということです。結局自分たちは底辺高校に行くことになった。つまり、とうとう社会からそのようなレッテル貼りをされてしまったという現実を自分の中で誤魔化そうとしているのです。
その点についてだけは僕も気持ちがわかります。なんせ僕もその被害者の一員ですからね。義務教育が終わったらその先は一気に社会の振るいにかけられるのが日本社会です。ここで不本意な結果が出てしまったら、そのショックの大きさは若干15歳の少年少女にとっては計り知れません。
しかし、ここで諦めたらその先の長い人生全てが台無しにされてしまいます。日本社会の思う壺です。大学受験ってある意味機会は均等に与えられています。高校がどこであっても、入試本番で合格点を取れば良いだけなのですから平等といえば平等なレースです。
なのになぜ、地獄の底から這い上がろうとせずにそのままダークサイドへの川の流れに身を任せてしまうのか、僕はそいつらのそういう根性無しのナヨナヨした部分が一番気に入らないのです。
このような底辺高校の世界について、もっと詳しく知るためにこちらの本をご紹介します。その名を。「ド底辺高校生図鑑」(日本底辺教育調査会)。
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2.底辺高校で大学受験勉強に挑む方法
それでは、そのような環境で僕がどのように大学受験勉強に取り組んだのかをお伝えしようと思います。自分で言うのもなんですが、かなり過酷な世界でした。
高校の3年間は正直思い出したくないのですが、それでも僕のような思いを他の人にはして欲しくないので敢えて書こうと思います。
2-1.心を鬼にして人間関係を極端に制限すること
底辺高校の生徒の大半は上で書いたような半端者です。ですので、深く関わっても一緒にダークサイドに流されるだけです。
たとえ底辺高校で大学受験を目指すにしても、世間一般の高校生らしい青春の1ページを過ごしたいという気持ちもあるでしょう。しかし、ここは敢えてそのようなことは一切捨て去る覚悟が必要です。そして、敢えてそのような半端者を学校生活の中から遮断してください。自分から孤立してください。
そんなことをすると益々そいつらの標的になると思うでしょう。
しかし、方法が他に有ると思いますか?
放課後も一緒に渋谷に行って遅くまでふらついて、帰ってきてからコソコソ勉強するなんて、とてもそんな勉強量では挽回はできません。
もし底辺高校でも、自分と同じような志を持った仲間がいるならそいつらだけとは手を組んで励まし合ってください。ここまでの覚悟が無いと、底辺高校から一流と呼ばれる大学への現役合格は絶対に無理です。
2-2.邪魔者を寄せ付けない武力と精神力を磨く
このように自ら四面楚歌を招くわけですが、読んで字のごとく周囲の敵からの色々な襲撃が予測されます。それを防ぐ完璧な防御策を講じることも必要です。
これも綺麗ごとなんて言っていられません。核兵器による相互抑止効果と同じく、僕は自らの高い戦闘能力と強靭な精神力を磨くために空手の有段者となりました。そして、そのことを底辺高校内で積極的にアピールして、余計なことをしてきたらボッコボコにしてやるぞと周囲を威嚇しました。
すると周囲の半端者たちは一切僕には近づいてこなくなりました。それが人として正しいことなのかと聞かれると「はい」とは言い切れません。しかし、これ位の覚悟が無いと底辺高校から一流と呼ばれる大学への現役合格は不可能なんです。
2-3.先生を味方にすること
そして、底辺高校でも先生たちは味方につけることが重要です。
先生たちにしても、たとえ底辺高校といえども真剣に一流と呼ばれる大学を目指している生徒のことが健気で可愛いと思ってくれます。その生徒が見事に合格したのなら、その先生自身もそうですし、その学校の実績にもなりますからね。
僕は底辺高校でしたが、先生たちにはとても良くしてもらいました。こちらで書いた英語を中1からやり直したときも、英語の先生にはとても親身になって教えてもらいました。また、他の教科の先生たちも、早朝や放課後にもかかわらず僕の質問や課外授業に親身になって付き合ってくれました。マンツーマン指導ほど有難いものはありません。
僕は中学時代には一切感じられなかった先生の有難みを高校で初めて感じることができたのです。たとえ底辺高校だとしても、先生たちを頼りにして自分の味方になってもらってください。
■まとめ
底辺高校と呼ばれる大学受験とはあまり縁が無い高校の生徒は、「今を生きる」という屁理屈にすがって不毛な時間を過ごしていることが多いです。
そのような環境の中で一流と呼ばれる大学への現役合格を目指すなら、心を鬼にして覚悟を決める必要があります。自ら四面楚歌の状態に足を突っ込むような覚悟、そして周囲からの攻撃に応戦できる戦闘能力と精神力を磨く必要があります。
もし数少ない同士がいるならば共に励まし合い、さらに先生方には味方になってもらってください。